社会福祉法人篤豊会・藤華苑(加賀市)で、穏やかな笑顔を浮かべながら利用者と接する一人の青年がいる。介護士として働く阪下貴弘(さかした・たかひろ)さん(21)だ。高校卒業後すぐに福祉の世界に飛び込み、今年で5年目を迎えた。
この道を志した背景には、中学生時代の忘れられない出来事がある。ある日まちを歩いていると、高齢の女性が突然、声をかけてきた。どうしても会話が噛み合わず、戸惑いを覚えたという。
なぜうまく話が通じなかったのだろう――。その答えは、学校で行われた認知症サポーター養成講座の中にあった。講師の話を聞くうちに、阪下さんの脳裏には女性の表情がよみがえった。「あの方は認知症だったのかもしれない。認知症の知識があれば、もっと違う接し方ができたはずだと感じたんです」。この気づきが、福祉の道へと進む原点となった。
その後、「介護現場の人手不足」「過酷な労働環境」といったネガティブなニュースに触れる中で、「自分が介護の世界に入り、内側から印象を変えていきたい」と決意を固めていったという。
阪下さんが仕事で大切にしているのは、笑顔を絶やさないことだ。介護の仕事では、入浴や食事の介助など、体力的な厳しさを感じる場面も少なくない。しかし、「私たち現場で働く人間が暗い表情でいては、介護に対するイメージはいつまでも変わりません。何より、利用者さんの気持ちが沈んでしまいます」と阪下さん。利用者や同僚とのコミュニケーションを楽しみながら、常に笑顔でいることで、職場の雰囲気を明るくしたいと考えている。
そんな阪下さんの精神的な土台を形作ったのが、母校・加賀高校で所属していた和太鼓部での経験だ。
同校の和太鼓部では、複数人で息を合わせて曲を奏でる集団演技を行う。十数人の部員全員が、バチを上げる高さや振り下ろすスピード、足を踏み込む角度までぴったりとそろえることで、耳でも目でも魅了するパフォーマンスを生み出す。
練習では、自分たちの演奏を動画で撮影し、スロー再生で確認しながら「腕の高さが低い」「膝の曲げ方が甘い」と率直に指摘し合った。時には意見がぶつかることもあったが、そうした摩擦こそが完成度を高めてきたという。
「私は部長でも副部長でもありませんでしたが、自分にできる裏方の役割を探していました」と阪下さんは語る。例えば、後輩の悩みに耳を傾けたり、部員同士の関係の変化を感じ取って、大きな衝突になる前に動いたりしてきた。こうして培われた「全体を見て動く力」は、介護現場におけるスタッフ同士の連携にも生きている。
卒業後は自ら太鼓を叩く機会こそ減ったものの、「いつかこの施設で披露してみたい」と夢を語る。高校時代にも福祉施設に向けて和太鼓を演奏した経験があるが、その際はコロナ禍の影響でオンラインでの実施となった。「和太鼓の本当の魅力は、空気を震わせ、体に直接伝わる振動にあるんです。あの感覚を、今度は目の前で届けてみたい」。加齢で耳が遠くなった方や、認知症が進んで言葉でのコミュニケーションが難しくなった方にも、太鼓の響きを肌で感じ、楽しんでもらいたい思いがある。
いま目指しているのは、介護福祉士の国家試験に合格すること。資格を取得し、介護に関する専門知識と技術をさらに深めていきたいという。これから入ってくる後輩たちに、「介護はこんなにやりがいのある仕事なんだ」と背中で示せる存在になるのが理想だ。
和太鼓で育てた情熱と、介護の未来をより良くしたいというまっすぐな志、そして笑顔。21歳の挑戦は、確かな歩みで続いていく。
生き方も、働き方も自由です
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